100年よりもっと前、ある西の大陸に、立派な公爵家がありました。
立派なお屋敷に、たくさんの使用人。
父親の早逝により若くして爵位を継いだ、美しく奔放な青年公爵ファビアンと、その母親セレニア、彼らのいとこや傍系の親類が住んでいました。
とても仲の良い母子で、使用人たちも彼らを慕っていました。
お屋敷では何か祝い事があるたび、舞踏会を催しては多くの客人を招いていました。
月の美しい時期には仮面を被り、使用人も公爵も身分を気にせず踊ったその夜は、まさに夢のような時間でした。
ところがある日、森から帰ってきた彼は、動くしかばねとなっていました。
セレニアは息子の死を否定し、怪我をしただけと偽って、信用している限られた使用人以外にその死を隠し、動くしかばねの面倒を見続けました。
謎めいた黒魔術に傾倒するようになった彼女は、死化粧師を呼んで息子の折れ曲がった手足を元に戻し、防腐剤を詰めさせ、死体の腐敗を遅らせました。
一部の使用人や親類は、彼女を魔女と噂するようになり、屋敷を離れていきました。
しかばねのファビアンは、以前より感情の起伏が激しくワガママになりましたが、まるで己の死に気づいていないように明るく振る舞い、生前のように楽しく暮らしました……
けれど、そんな隠しごとが長続きするわけもありませんでした。
ファビアンの腐臭は隠しきれなくなり、セレニアはどんどんやつれていくなか、終わりは見えていました。
使用人の誰かの密告があったのでしょう。
噂を聞きつけた神父が屋敷に訪ねてきたのです。
聖水を振りかけられたファビアンは悲鳴をあげ、その崩れかけた体からは何かが飛び出し、暗い森へと逃げ去りました。
セレニアは嘆き悲しみ狂い、誰が息子を売ったのかと使用人たちに問いました。
公爵のことを好きな使用人も、それほど好きではない使用人もいましたが、
誰が密告したにしろ、誰もが、こうなるしかなかったと思っていました。
名乗り出たのは、セレニアが若い頃から屋敷に仕えていた、古株の料理長でした。
幼くして父親を亡くしたファビアンが赤子の頃から成長を見守ってきた、
誰よりかれら母子を知り、想っているはずの人です。
彼は、破滅に向かっていくあなたを見ていられませんでしたと、泣きながら謝りました。
失望し、怒り狂い、我を失い、料理長を罰せよと叫んだセレニアに、
従う使用人は誰もいませんでした。
セレニアは使用人たちを呪う言葉を吐くと、その日から部屋に篭り、ろくに人前に現れなくなりました。
呪いが本当にあったのか、確かめる術はもうありませんが、
屋敷に残っていた使用人たちは、次々に病に倒れました。
症状は、当時その地域で流行りはじめていた伝染病でしたが、ろくに治療法もなく、
まことしやかに「魔女の呪い」と呼ばれていました。
その奇病は瞬く間に広がり、絢爛だった屋敷は一転、死に包まれました。
生き残った者たちは屋敷から遠くへ逃げ、呪いを恐れて二度と戻りませんでした。
最期まで墓を掘り、婦人や仲間たちの世話をしていた執事長が倒れた朝、
ひとり残ったセレニアはふらふらと森へ入って行きました。
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それから何年が過ぎたでしょう。
使用人たちの魂は無念のまま打ち捨てられた屋敷に染みつき、形を持たない怨念の塊となっていました。
しかしある時、森から揺れる火の玉がやってきて、公爵の声で彼らに呼びかけました。
使用人たちの魂は途端に自分が誰だったかを思い出し、火の玉のもとへ参じました。
火の玉は 言いました。
もう一度、舞踏会を開こう、と。
それから毎夜、火の玉の求めに応じて、彼らはかつてのようなパーティーを開こうとしました。
けれど、かつての栄華には程遠く、一度も満足することはできませんでした。
美食を味わうことも、ダンス相手の息遣いや体温を感じることも、ときめきに心臓をふるわせることも、きっと、生きた人間にしかできないからだと。
きっとかつてのような喜びに満たされれば、天へ召されるのだと誰もが信じていました。
形をうしなったものは、考える力もなく、最も楽しかった頃の記憶にとらわれるものでした。
そんなある日、お屋敷に魔法使いが訪れました。
魔法使いは、屋敷の幽霊をすべて追い出すようにと依頼を受けてきた者でした。
勿論追い出されるのは御免だと、屋敷の幽霊たちはおそれ惑い、怒りました。
魔法使いは、不思議な魔法で一冊の本に彼らを封じました。
しかし、強力な封印には解く方法も必ずあるのが、魔法のルールでした。
その方法とは、本の持ち主が十夜にわたり怪談話をし、決められた数、ロウソクを吹き消すこと。
回りくどい方法ですが、決して不可能ではありません。
強い力を持つ公爵のゴーストは、本を手に取った者の精神に干渉し、100年の間、何度もこの儀式を試みました。けれど、たいてい10夜も怪談話を続けることはできず、失敗に終わりました。
そして、ちょうど100年が過ぎたある日。
とある少年と、その仲間たちにより儀式は完遂されたのです。
だから、ゴーストたちはもう一度……
今度は生きているあたたかい体を借りて、パーティーをすることにしたのです。