或る不幸な家族の話 の後、アルフォンソが飛行機乗りを目指したきっかけの話
警察に自首してから、アルフォンソは裁判を受けて、少年院へ行くことになった。
父親を刺したにも関わらず、刑はそれほど重くはなかった。
刺された父親が死ななかったことが一番大きいだろうが、
事情が事情なことと、仕事先の人など、
おそらくアルフォンソの人柄や、バラッカ家の状況を知る誰かが口添えしてくれたのもあるだろう。
ナイフの刃渡りが小さく、大事な臓器を傷つけていなかったため、
父は大事には至らなかったと聞かされた。
アルフォンソは、中途半端なことをしてしまったと思った。
これでは母の目も、永遠に覚めることがないだろう。
いや、もう母もどうでもいいのだ。
少年院では、糸の切れた人形のように、ぼうっと過ごしていた。
ぼうっとしすぎて知らないうちに不興を買ったらしく、
年上のグループに喧嘩を売られて、ボコボコにされた。
一方的に殴られるのには慣れていたが、さすがに腹が立ったので、
反撃してリーダーの前歯を全部折ってやった。
独居房に隔離されたり、刑期が長くなったりしたが、どうでも良かった。
不良看守に遊び半分に嬲られても、すでに心が壊れていたから平気だった。
少年院を出たアルフォンソは、二度と家に戻るつもりはなかった。
アルフォンソの身元引き受け人として名乗りをあげたのは、
かつてアルフォンソを預かった、父の知人だった。
名前すら覚えていなかったが、フランクと言うらしかった。
ちょうど軍を辞めたところにバラッカ家のことを知ったのだそうだ。
フランクはアルフォンソに上着をかけて、車に乗せた。
助手席で人形のように黙っているアルフォンソに何も言わず、
ただ海辺をゆっくり走って、沈む夕日を見せた。
フランクの家は幸いなことに別の街だったが、そこにも飛行場があった。
海とは少し離れていて、郊外には畑と滑走路がひろがっていた。
フランクは抜け殻のようになったアルフォンソを車であちこちに連れ回した。
アルフォンソは正直言ってそのお節介を鬱陶しいと感じていたし、ほとんど無視をきめこんでいた。
それでもフランクがあまりにしつこいのでとうとう根負けして、サービスで楽しそうなふりをしてやった。
するとあんまり素直に喜ぶので、なんだか申し訳ない気持ちになったし、毒気も抜かれていった。
そしてある日、アルフォンソからフランクに、「飛行機に乗ってみたい」と言った。
ずっと地上から見送るだけだったが、閉塞感に満たされていた彼の人生にとって、
鳥のように自由に空を駆けるその姿は、憧れそのものだった。
フランクは頷き、2人乗りの飛行機でアルフォンソを空の旅へと連れ出した。
感じたこともない衝撃と速度、風の冷たさ、眼下の光景。
その時、彼ははっきりと自分の運命を感じた。
欲しいものは空にある。
冷たい風が、自分にまとわりつく粘ついたものすべてを振り落としてくれる。
地上に降りたアルフォンソは生まれ変わったようだった。
すぐにフランクに弟子入りして、飛行技術、整備技術を学んだ。
聞いていないのに何故かついでにナンパ術や処世術なども教えてくれた。
フランクは明るくて、お節介で、どこへ行っても話題の中心にいる、とにかく人を惹きつける男だった。
彼のもとでアルフォンソは少しずつ、本来の明るさ、前向きさを取り戻していった。
新しい学校にもちゃんと通った。
同年代の仲間は、アルフォンソからしたらとても気楽で、子供っぽく見えた。
ただ、その子供っぽさに救われた部分もあった。
友達と悪さをして、フランクにどやされたのも一度や二度ではない。
同年代ではかなり落ち着いていた彼は、まあ非常にモテたので、ちょっとした恋もした。
今までを取り戻すように、アルフォンソは残りわずかな子供時代を過ごした。
整備の腕を上げ、飛行機も乗りこなすようになったアルフォンソは、
やがて空軍士官学校に入ることを望むようになった。
これはフランクも応援したし、士官学校入学にあたっては、
父の実家であるバラッカ家の後押しが得られた。
軍人を継がなかった父の代わりと言われるのは癪だが、
どんなコネだろうと使ってやる気持ちだった。
そうしてなんとか末席にねじ込んでもらい、
晴れて学生の資格を得たアルフォンソは、フランクのもとを去った。
アルフォンソが18歳の時だった。